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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8219号 判決 1964年6月08日

原告 田中礼次郎

被告 神奈川県信用保証協会 外一名

主文

被告らは各自原告に対し、金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三七年九月一七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決はかりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告神奈川県信用保証協会(以下たんに被告保証協会という)は、同協会茅ケ崎支所支所長原田耕作名義で、昭和三七年八月一七日金額金二、〇〇〇、〇〇〇円、満期 昭和三七年九月一六日、支払地および振出地神奈川県茅ケ崎市、支払場所 神奈川相互銀行茅ケ崎支店、振出日 昭和三七年八月一七日、振出人 品川エンヂニアリング株式会社、受取人 川久保次郎と記載された約束手形一通について、補箋をもつて振出人 品川エンヂニアリング株式会社のために手形保証した。

二、訴外川久保次郎は、訴外品川エンヂニアリング株式会社が振出し、被告保証協会の手形保証がなされた右約束手形の交付を受けた。

三、右約束手形の裏面の記載は、第一裏書人 川久保次郎、第一被裏書人 白地、第二裏書人物部基、第二被裏書人 白地、第三裏書人 田中礼次郎(原告)、第三被裏書人(取立委任)芝信用金庫、第四裏書人 芝信用金庫日本橋支店、第四被裏書人(取立委任)株式会社富士銀行、第五裏書人 株式会社富士銀行小舟町支店、第五被裏書人(取立委任)株式会社駿河銀行であつて、原告は現に右手形の所持人である。

四、原告は右手形を、取立受任銀行株式会社駿河銀行を通じて満期に支払場所において、支払のため呈示したが、その支払を拒絶された。

五、そのため、原告は同年九月一九日被告保証協会茅ケ崎支所において、支所長である被告原田耕作に対し、被告保証協会の支払を求めたところ、原告は手形外において同人個人としても振出人品川エンヂニアリング株式会社の支払について連帯保証する旨約した。

六、仮りに、被告保証協会茅ケ崎支所長原田耕作に、その支所長としての役職上手形保証する権限が予め授与されていなかつたとしても、支所長は信用保証協会法第一四条にいわゆる代理人に選任されているのであつて、当該支所(従たる事務所)の業務に関し、一切の裁判上または裁判外の行為をなす権限を有するから、被告保証協会は、茅ケ崎支所長原田耕作が同被告の業務(同法二〇条)の遂行としてなした前記手形保証行為により、保証債務履行の責に任ずべきである。

七、仮りにそうでなく、同人の右手形保証行為が同人の有する権限を踰越したとしても、被告保証協会茅ケ崎支所長原田は、支所の所管業務を掌理し、保証の申込の受付、調査、求償権の行使等を被告保証協会会長名でなし、また被保証債務額の一定限度内で保証行為を専決できる権限を有していたものであり、訴外川久保(および原告)は、原田の本件手形保証行為が原田の右のような支所長としての権限に基づいてなされたものと信じ、また手形に表示された原田の役職、保証するに当つてなされた原田の言動からしてそのように信ずべき正当な理由を有していたものである。

従つて、被告保証協会は、原田の右手形保証行為により、その保証債務履行の責に任ずべきである。

八、かりにそうでなくとも、被告保証協会は原田耕作を同協会茅ケ崎支所長に任命し、同支所の責任者であることを外部に表明することにより、訴外川久保や原告に対し本件手形保証行為の代理権を原田に与えた旨を表示したものであるから、被告保証協会は右代理権の範囲内でなした原田の右手形保証行為により、その保証債務履行の責に任ずべきである。

九、よつて、原告は被告らに対し、右手形金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対するその満期後である昭和三七年九月一七日から完済まで、手形法所定の年六分の利息金の支払を求める。

と述べ、被告保証協会の抗弁に対する答弁として、

一、同被告の抗弁一のうち被告保証協会茅ケ崎支所長原田がした本件手形保証行為が、同被告の目的範囲外であつて無効であるとの事実は否認する。その余の事実は知らない。

二、同被告の抗弁二のうち本件手形保証行為が訴外相原ら三名の強迫に基づいてなされたとの事実および原告が右事実について悪意であつたとの事実は否認する。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決(ただし、被告原田の訴訟代理人としては、「原告の請求を棄却する。」との判決)を求め、答弁として、

(被告保証協会関係)

一、請求原因事実一は否認する。

二、同事実二ないし五は知らない。

三、同事実六は否認する。かりに被告保証協会茅ケ崎支所長原田耕作に何らかの債務保証権限があつたとしても、それは被告保証協会を代理して金八〇〇、〇〇〇円の限度内において保証をなす権限にしかすぎない。そうして、右金額の範囲内で保証する場合でも、被告保証協会所定の会長名義の信用保証書を発行して保証することを要するのであつて、その他の方法によつて保証することは許されていない。従つて、本件手形保証は、その被保証債務額および方式からして支所長に与えられた権限外の行為である。

四、同事実七のうち原告主張のような表見代理が成立することは否認する。かりに訴外川久保(および原告)が、原田の本件手形保証行為がその権限に基づいてなされたものと信じたとしても、その信じたことについて、信用保証協会法や神奈川県信用保証協会定款等を調査する義務を怠たり、そのため原田に本件手形保証行為をする権限がなかつたこと、および右手形保証行為が被告保証協会の業務に属しないことを知らなかつたという過失がある。従つて川久保らには、その権限ありと信ずべき正当な理由はない。

五、同事実八は否認する。

(被告原田関係)

一、請求原因事実一は知らない。

二、同事実二のうち訴外品川エンヂニアリング株式会社が同事実一記載の約束手形を訴外川久保にあてて振出したことは認める。その余の事実は知らない。

三、同事実三および四は知らない。

四、同事実五は否認する。

五、同事実六ないし八に対する答弁は、前記被告保証協会の答弁と同じ。

と述べ、被告保証協会の仮定抗弁として、つぎのように述べた。

一、(目的範囲外の手形保証行為)

かりに、被告保証協会茅ケ崎支所長原田がなした本件手形保証行為の効果が同協会におよぶものとしても、右手形保証行為は、同被告の目的範囲外の行為であつて、無効である。すなわち、被告保証協会は信用保証協会法に基づき中小企業者等が、銀行その他の金融機関から貸付等を受けるについて、その貸付金等の債務の保証をすることを目的として設立された法人であつて、同被告の行なう業務は同法第二〇条、神奈川県信用保証協会定款第六条に列挙されていて、これを要約すれば、被告保証協会は(1) 中小企業者の金融機関(その範囲については、乙第一号証として提出されている被告保証協会の業務方法書第六条に定められている。)に対する債務について保証をすること(2) 中小企業者の債務のため金融機関が負担する保証債務について保証をすることの二つをなしうるにすぎないのである。従つて、金融機関でない一般人に対する中小企業者の債務について保証するがごときは、被告保証協会の能くし得ないところである。しかるに、被告保証協会茅ケ崎支所長原田は、訴外品川エンヂニアリング株式会社が金融機関でない受取人訴外川久保に対して負担した手形債務について、振出人のために手形保証をしたのであるから、右保証行為は定款に定められた被告保証協会の目的範囲外の行為であつて無効であり、この主張は原告に対抗できるものである。

二、(強迫に基づく手形保証行為の取消し)

かりに以上の主張が理由のないものであるとしても、被告保証協会茅ケ崎支所長原田のなした右保証行為は、前記品川エンヂニアリング株式会社代表取締役相原一太、同人の妻および川久保次郎の三名が共謀してなした強迫に基づいてなされたものである。すなわち、右三名は昭和三七年八月一七日茅ケ崎市商工会議所二階会議室において、支所長原田耕作に面会し、同人に対し、保証しないと大変なことになるぞと申向け、もし右要求に応じないならば、同人の生命身体に危害を加えかねまじき勢を示し、かねて相原が狂暴な性格の持主であることを聞知していた原田を畏怖させ、よつて本件手形保証行為をなさしめたものである。それゆえ被告保証協会は、昭和三七年一一月一二日の第二回口頭弁論期日において原告に対し、右手形保証行為を取消す旨意思表示をした。そうして原告は本件手形取得当時、被告保証協会の手形保証行為がこのように強迫に基づいてなされたため、取消し得べきものであることを知悉していたものである。従つて、原告の本訴請求は失当である。

とこのように述べた。証拠<省略>

理由

第一原告の請求原因について

一  手形保証行為の方式

甲第一号証の一および同号証の三の記載によれば、金額金二、〇〇〇、〇〇〇円、満期昭和三七年九月一六日、支払地および振出地茅ケ崎市、支払場所神奈川相互銀行茅ケ崎支店、振出日昭和三七年八月一七日、振出人品川エンヂニアリング株式会社、受取人兼第一裏書人川久保次郎、第一被裏書人白地の約束手形(第二裏書欄およびそれ以後の裏書欄は後記)一通の第一裏書欄に、「当手形支払の保証致します。神奈川県信用保証協会茅ケ崎支所 支所長 原田耕作」と記載され支所長原田耕作の名下に印章の押捺されている補箋が貼付されている事実を認めることができる。そうして証人相原一太、同川久保次郎の各証言、被告本人原田耕作(第一、二回)および原告本人の各尋問結果を綜合すると、右約束手形は、昭和三七年八月一七日訴外品川エンヂニアリング株式会社が訴外川久保次郎にあてて振出したものであり(この事実は被告原田の認めるところである。)、右支払保証の補箋は、当時被告保証協会茅ケ崎支所長の役職にあつた被告原田耕作が同日訴外品川エンヂニアリング株式会社代表取締役相原一太および訴外川久保次郎からの求めにより、被告保証協会茅ケ崎支所の事務所がある茅ケ崎市商工会議所二階会議室において、振出人のために手形保証する趣旨で被告保証協会専用の便箋を用い、「当手形支払の保証致します」とペン書し、その左脇に「神奈川信用保証協会茅ケ崎支所」と刻された同支所のゴム印を押捺し、その左脇に「支所長 原田耕作」と自署し、その名下に支所長印を押捺して作成したものであることを認めることができる。この認定を左右する証拠はない。

そこで右補箋による手形保証行為者は、手形の外観上被告保証協会であるといえるかどうかについてみるに、前記補箋の記載内容、文字の配列、語句の一般的意味内容等からして右補箋の作成名義人は、被告保証協会であり、「茅ケ崎支所」「支所長 原田耕作」は、同協会の代理人たることを示す表示であるとみるのが相当であるから、手形外観上右補箋には、被告保証協会が手形保証人として表示されているものということができる。

二  茅ケ崎支所長原田耕作の手形保証に関する権限

そこで、被告保証協会茅ケ崎支所長が、被告保証協会を代理して手形保証行為をする権限を有していたかどうかについて考えるに、この点を認めさせる証拠はない。

原告はこの点について茅ケ崎支所長はじめ被告保証協会の各支所長は、信用保証協会法第一四条に規定する「代理人」に選任されているものであるから、支所に関する業務について裁判上裁判外一切の行為を代理してなす権限を有すると主張するが(原告訴訟代理人は、「代理人」に関する原告の右主張に対し、被告ら訴訟代理人が昭和三七年一一月一二日付準備書面で自白している旨主張するけれども、かかる自白の事実は認められない。)、このような事実を認めさせる証拠は全くない。

三  表見代理成立の有無

それでは、茅ケ崎支所長原田が権限に基づかずしてなした手形保証行為について、民法第一〇九条または第一一〇条に規定される各表見代理が成立するかどうかについて考える。

(一)  代理権授与の表示による表見代理 被告保証協会が第三者に対し、茅ケ崎支所長原田に本件手形保証行為をなす権限(代理権)を与えた旨を表示したかどうか。なるほど、被告保証協会が原田を茅ケ崎支所長に任命し、同人に同支所長の有する権限の行使を命令することは、一般の第三者に対し、原田に同支所長の地位に当然属すると考えられる代理権を与えた旨を表示したものといえようが、茅ケ崎支所長という役職は、一般に当然本件手形保証行為をなす権限を有するものと考えられる法律上事実上の根拠を認めることはできない。従つて、被告保証協会が第三者に対し原田に本件手形保証行為をなす代理権を与えた旨を表示した事実は認められず、すでにそうである以上その余の点について考えるまでもなく同法第一〇九条に規定される表見代理は成立しないものといわなければならない。

(二)  権限踰越による表見代理 (1) 成立に争いのない乙第二号証、第三号証の一ないし七、第四号証、第七号証の一ないし三、第八号証ないし第一〇号証、証人伊東俊夫の証言および被告原田耕作本人尋問の結果(二回)を綜合すると、被告保証協会は、茅ケ崎支所ほか八つの支所を設け、その各支所に支所長を置いていること、茅ケ崎支所長を含む各支所長は、その所属職員を指揮し所管業務(原則として被告の保証協会会長の決済を要する事務処理であつて、保証の申込の受付調査および審査、保証料の計算、保証関係帳票類の整理保管、保証書の発行および貸付実行報告書の受理、被保証先の管理、代位弁済、求償権の管理回収等に関するもの)を掌理するほか昭和三七年八月当時被保証人一名につきその被保証債務額金八〇〇、〇〇〇円の限度内では、会長の決裁を経ずに債務の保証を専決できる権限(代理権)を有していたことおよび右保証(債務額金八〇〇、〇〇〇円以上のものも含む)は一定の様式の定められた手続を経由のうえ、保証書を発行してなされることを認めることができる。この認定を左右する証拠はない。(2) 茅ケ崎支所長原田がなした本件手形保証行為が、同人に与えられていた権限を踰越するものであつたことは右により明らかであるが、果して第三者が、右権限踰越行為を権限内の行為であると信じたかどうか。ここでいう第三者とは、無権代理人の手形行為の直接の相手方と解するのが相当であり、これを本件についていえば、それは、原田のなした本件手形保証行為の直接の相手方である訴外川久保であるところ、証人川久保、同相原の各証言および被告原田本人尋問の結果(第一回)を綜合すると、川久保は原田に本件手形保証行為をなす権限(代理権)があるものと信じていたことを認めることができる。この認定をくつがえすに足りるほどの証拠はない。(3) そこで、川久保が右のように権限ありと信じたことについて正当の理由があつたかどうか。ところで、この正当理由があるといえるためには、その表見代理行為がなされた当時取引の相手方をして、代理人にその行為をなす権限(代理権)があるものと信ぜしめるに足りる充分な客観的事情が存在するとともに、右客観的事情に基づいて信じたことが普通の人の注意力を標準にしてもつともだと思われる場合(相手方が無過失の場合)でなければならない。以下この点について検討する。

(イ) 客観的事情 前掲証人相原、同川久保の各証言、被告原田本人尋問の結果(第一回の一部)ならびに証人川久保の証言によりその成立を認めることができる乙第五号証の一、二を綜合すると、被告保証協会は昭和三七年五月初旬茅ケ崎支所長原田の専決により訴外品川エンヂニアリング株式会社が東京銀行横浜支店から金八〇〇、〇〇〇円を借受けるについてその債務保証をしたこと。同年七月二七日右訴外会社の代表者である相原は、茅ケ崎支所長原田に対し、同訴外会社が神奈川相互銀行茅ケ崎支店に金三、〇〇〇、〇〇〇円の融資を申込んだので、その債務の保証をして貰いたい旨依頼し、同日相原方で、原田は相原はじめ同人の妻および川久保とこの点について面談したこと。これより先川久保は、品川エンヂニアリング株式会社に事業資金として金約三〇〇、〇〇〇円の融資をしていたが、その頃相原から前記のように右株式会社が、原田を通じて債務保証協会から債務の保証を受けたことおよび右の新たな保証依頼の趣旨を聞くに至つて意を強ようし、さらに合計金九九〇、〇〇〇円を同株式会社に融資するに至つたこと。川久保は原田に対し同年七月二七日、同年八月六日の両日に亘り、被告保証協会が、品川エンヂニアリング株式会社が銀行から融資を受けるについてその債務の保証をするよう懇請し、これに対し、原田は川久保に対し、七月二七日保証する旨言明したが、その後八月六日に至り銀行よりの保証依頼がなければ、保証手続はとれない旨回答しつつも、茅ケ崎支所長である自己の業務上の権限や被告保証協会においてする保証手続やその様式について何らの説明もしなかつたこと。同年八月一七日川久保、相原および同人の妻は被告保証協会茅ケ崎支所に原田を訪ねて、本件手形保証を求めたところ、原田は直ちにはこれに応じなかつたけれども結局右支所の事務所において、さきに認定したように手形保証行為をなし、川久保に対し、自己が被告保証協会を代理してそのような行為をする権限を有しないことについては何らの言明もせず、また右権限を有することを疑わしめるような言動も示さなかつたこと。以上の各事実を認めることができる。そして、かかる各事実と被告保証協会が、中小企業者等が銀行その他の金融機関から貸付を受けるについてその債務を保証することを主たる業務とする法人であり、そのような被告保証協会の支所の「長」は(1) に述べたような各権限を有しており、そして、この支所長という肩書が、通常一般人に与えるであろう被信頼性の度合は決して低いものではないことを合わせ考えると、川久保をして、原田に本件手形保証行為をする権限があると信ぜしめるに足りる充分な客観的事情が存在したものと認められる。もつとも、被告本人原田は、相原が被告保証協会の保証手続の様式を知つている筈であり、川久保も相原から聞いてそれを知つている筈だという趣旨の供述をしているが、右供供部分は信用できず、また、原田は、川久保が本件手形を公にはしないといつた趣旨の供述を、証人相原は、川久保が本件手形をおかしな処へは廻さないといつた趣旨の供述をそれぞれしているが、この点に関し、川久保が本件手形を知合の所へ持つて行つて割引くという説明を原田にしたことがあつた事実が認められ(被告原田本人尋問の結果、証人川久保の証言)、この事実によれば、前記原田の供述は信用できず、また右相原の供述はさきの認定を動かすに足りない。ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。

(ロ) 第三者(直接の相手方である川久保)の無過失の有無 そこでこのような客観的事情により原田に本件手形保証行為をする権限があると川久保が信じたことについて、同人が無過失であつたかどうかについて考える。茅ケ崎支所長原田が昭和三七年八月当時被保証人一名につき一定の被保証債務額限度内では会長の決裁を経ずに債務の保証を専決できることはすでに述べたとおりである。そして、信用保証協会法第二〇条、成立に争いのない乙第一号証(このうち、神奈川信用保証協会定款第六条および神奈川信用保証協会業務方法書第六)によれば被告保証協会が保証し得べき債務の債権者は、銀行、信用協同組合、農業協同組合水産業協同組合(それぞれの連合会を含む)、農林中央金庫、商工組合中央金庫、国民金融公庫、農林漁業金融公庫および中小企業金融公庫に限られており、また前記(1) に掲げた乙号各証および証人伊東の証言によればその保証は、被保証人から様式の一定されている信用保証申込書による申込を、融資者(債権者)からは、信用調査書の添えられた信用保証依頼書による保証依頼をそれぞれ受け、保証債務額が金八〇〇、〇〇〇円以下の場合は各所轄支所長の専決を、金八〇〇、〇〇〇円以上の場合は支所長から会長に対する保証禀請に対する会長の決裁をそれぞれ経て、支所長が会長名義の信用保証書を発行することによつてなされなければならないことを認めることができる。ところが、(A)本件手形保証行為における相手方(手形権利者)たる川久保は右に掲げた銀行その他の金融機関ではなく、(B)またその手形保証行為は右のような様式化された手続によつた信用保証行為ではないうえ、(C)その保証債務額は支所長の専決可能限度額を遙かに越えた金二、〇〇〇、〇〇〇円なのである。そこで問題は、川久保が右手形保証行為の当時以上の三点に亘る権限踰越事由がないと信じたのは、同人が当然要求されてよい普通の人の注意義務を怠つたことに起因するかどうかという点である。(A)被告保証協会が保証し得べき債務の債権者の範囲が前記のように限定されていることは、信用保証協会法のほかに神奈川県信用保証協会定款、神奈川県信用保証協会業務方法書を綜合的に検討することによつて始めて正確に知り得るところであるが、当時川久保に右法律のほかに協会定款や協会業務方法書の検討等の調査義務を負わせることは妥当ではないことおよび一般的に債務の保証権限が与えられながら、被保証人たる債務者の資格範囲ではなくて、債権者の範囲が限定されることは稀であることを考え合わせると、川久保が右事実を知らなかつたことについて過失はないものというべきである。(B)被告保証協会の行なう債務保証行為の方式手続が前記のようなものであることは、神奈川県信用保証協会業務方法書、神奈川県信用保証協会業務規程のほか被告協会内部の業務慣行に依つているのであるが(成立に争いのない乙第一、二号証、前掲証人伊東の証言)、一般にある者に対し、債務の保証権限を与えながら、その者のなす保証の方式を厳格に規定することによつてその保証の種類を制限すること(例えば、本件において手形保証は被告保証協会の行なう債務保証行為として予想されていない。)は、稀であること、しかも当時川久保に右協会業務方法書や業務規定および被告協会内部の業務慣行を検討すること等の調査義務を負わせることは妥当でないことを考え合わせると、川久保が被告保証協会の債務保証行為の方式を知らなかつたことについて過失はないものというべきである。(C)支所長が専決できる保証債務額が金八〇〇、〇〇〇円以内であることは、正確には神奈川県信用保証協会業務規程第一四条に基づいてなされた被告保証協会の昭和三七年一月二五日附起案決裁書による決定を知ることにより始めて了知されるところである。川久保に当時この点を何らかの方法で調査すべき義務があつたかどうか。

一般に金銭の貸付信用の授与等をその主な業務とする銀行その他の金融機関等の支店長または支所長に対し、金銭の貸付、手形の割引、手形振出および保証等の権限が与えられていながら、その権限は一定の金額の範囲内に限られ、その範囲を超えるときは上司(本店または本所の長である代表者等)の決裁を経なければならないとされている実例は少くない。しかしながら、さきにも認定したとおり原田が本件手形保証行為をするに当り、川久保に対し、右行為をする権限を疑わしめるような言動を何ら示さなかつたこと、被告保証協会は従たる事務所を茅ケ崎市ほか八個所に設け、各支所は従たる事務所たるものであつて(前掲乙第一号証の神奈川県信用保証協会定款第三条)、右従たる事務所は要登記事項とされており(信用保証協会法施行令第一条第二条)、支所長は右各従たる事務所の長であること、本件の場合茅ケ崎支所長の行為に対し、商法第四二条を類推適用することは疑問なきを得ないけれども(勿論主張はない。)、同条の精神は同支所長の本件手形保証行為に対する一般の被信頼性を考えるに当つて充分参酌されるべきものであること等を合わせ考えると、川久保に茅ケ崎支所長が専決できる被保証債務額の範囲について検討調査すべき義務があつたものということはできない。従つて同人が原田のなし得る保証債務額を知らなかつたことについて過失はなかつたものというべきである。よつて、川久保が原田に本件手形保証行為をなし得る権限があると信じたことについて正当の理由があるものというべきである。以上によれば本件手形行為について原田の表見代理が成立し被告保証協会は本件手形保証の責に任じなければならない。

四  手形の所持人、裏書の連続、呈示および支払拒絶

甲第一号証の一、二、成立に争いのない同号証の四、原告本人尋問の結果を綜合すると、本件約束手形の裏面の記載は第一裏書人川久保次郎、第一被裏書人白地、第二裏書人物部基、第二被裏書人白地、第三裏書人田中礼次郎(原告)、第三被裏書人(取立委任)芝信用金庫、第四裏書人芝信用金庫日本橋支店、第四被裏書人(取立委任)株式会社富士銀行、第五裏書人株式会社富士銀行小舟町支店、第五被裏書人(取立委任)株式会社駿河銀行であつて、原告は現に右手形の所持人であること、原告は右手形を取立受任銀行株式会社駿河銀行を通じて満期の翌日に支払場所において支払のため呈示したが、その支払を拒絶されたことを認めることができる。この認定を左右する証拠はない。

五  被告原田の手形外保証の有無

証人川久保次郎の証言および原告本人尋問の結果を綜合すると、前記のように本件手形の支払が拒絶されたので、原告は昭和三七年九月一九日訴外川久保とともに茅ケ崎市にある被告保証協会茅ケ崎支所に支所長原田を訪ね、同人が被告保証協会茅ケ崎支所長としてなした本件手形保証に基づく手形金支払義務の履行を求めたところ、原田は、三人が折衝のための場所として選んだ喫茶店に向う街路上において、自分も個人として全責任をもつて本件手形金の支払をする、被告保証協会本部の見解は本部に行つて聞いて貰いたい旨のことを言つたことを認めることができる。被告原田本人尋問の結果中この認定に反する部分は信用できない。右事実および被告原田が本件手形保証行為をした前認定事実を考え合わせると、被告原田は原告に対し、振出人品川エンヂニアリング株式会社の本件手形金債務を保証することを約したものと認めることができる。原告は被告原田が連帯保証契約を結んだものと主張するけれども、同被告がなした前記意思表示が被保証人と連帯する意思をも含むものとは認められない(なお、すでに前記二、三に認定したように被告原田は本件手形保証行為については無権代理人であるが、原告は同被告に対し、手形法第八条に規定する無権代理人の責任を問うていないので、この点については判断するよしもなく、また、ここに右保証契約の主張に対する認定の実益が存する。)。右認定を左右する証拠はない。

第二被告保証協会の抗弁について

一  手形保証行為が権利能力(目的)範囲外であるとの抗弁

(一)  成立に争いのない乙第一号証(ただし神奈川県信用保証協会定款)および甲第四号証によれば、被告保証協会の定款にはつぎのような諸事項がその目的義務として掲げられている。(1) 中小企業者等が銀行その他の金融機関から資金の貸付、手形の割引または給付を受けること等により金融機関に対して負担する債務の保証 (2) 中小企業者等の債務を銀行その他の金融機関が保証する場合における当該保証債務の保証 (3) 銀行その他の金融機関が中小企業金融公庫または国民金融公庫を代理して中小企業者等に対する貸付を行なつた場合、当該金融機関が中小企業者等の当該借入による債務を保証することになる場合におけるその保証をしたこととなる債務の保証 (4) (1) ないし(3) の業務に附随し、被告保証協会の目的を達するために必要な業務。そうして右にいう金融機関とは、神奈川県信用保証協会業務方法書(乙第一号証)によれば、銀行、信用金庫、信用協同組合、農業協同組合水産業協同組合(それぞれの連合会を含む)、農林中央金庫、商工組合中央金庫、国民金融公庫、農林漁業金融公庫および中小企業金融公庫(以上前記(1) の金融機関)ならびに銀行、信用金庫、水産協同組合(それぞれの連合会を含む)、信用農業協同組合連合会、農林中央金庫および商工組合中央金庫(以上前記(2) の金融機関)を指すものとされている。

ひるがえつて、前記第一の一において認定した事実に甲第一号証の一ないし三の記載および証人川久保の証言を合わせ考えると、被告保証協会茅ケ崎支所長原田は、訴外品川エンヂニアリング株式会社が前記金融機関のいずれにも該当しない川久保次郎に対して負担する手形債務(その原因債務は資金の貸付債務)を手形保証したことが認められるのであり、右茅ケ崎支所長原田の行為は、すでに認定したとおり、その表見代理行為が成立することにより被告保証協会にその効果をおよぼすのであるから、右手形保証が果して被告保証協会の目的の範囲内の行為であるかどうかを検討しなければならない。

(二)  ところで、信用保証協会の目的はというと、それは中小企業者等が銀行その他の金融機関から貸付を受けるについてその信用保証の業務を行ない、もつて中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることにある(信用保証協会法第一条、前掲定款第一条)。そして、被告保証協会が保証し得べき債務の債権者の範囲が、前記のような銀行その他の金融機関に限定されるに至つた理由は、右目的に謳われている中小企業に対する金融の円滑化が中小企業の活動を盛んにし、その振興を助勢することにつながつているものであり、このためには中小企業の金融が円滑であると同時に健全でなければならず、かかる金融の健全化を期するためには、中小企業に対する融資者が劣悪な巷の金融業者ではなく優良な金融機関でなければならないという点にあるものと考えられる。この点と被告保証協会が民商法以外の特別法によつて認められた法人であつて、公益法人でもなければ、また営利法人でもなく、その意味では定款に定められた目的業務の範囲を広く解する必要性のない中間法人であることを合わせ考えると、被告保証協会が、「銀行その他の金融機関」以外の者に対して中小企業者等が負担する債務を保証することは、被告保証協会の目的の範囲外の行為であり、従つて本件手形保証行為は、同被告の権利能力の範囲外の行為であるものといわなければならない。

(三)  しかしながら、右のように本件手形保証行為が、被告保証協会の権利能力の範囲外の行為であつて無効であるといつても、被告保証協会はそのことを、直接の当事者である訴外川久保および債務者たる被告保証協会を害することを知つて本件手形を取得した者に対してのみ主張し得るにすぎず、いわゆる善意の第三取得者に対し、その無効の主張をもつて対抗できないものと解するのが相当である(この点について、会社その他の法人の手形行為がその権利能力の範囲に属するかどうかの判定を、その原因関係たる行為が目的の範囲内かどうかの決定にかからしめ、当該行為が無効であるとの主張を原因関係上の人的抗弁としてのみ構成し得るものとする考え方がある)。

被告保証協会訴訟代理人は、同協会の目的の範囲外である本件手形保証行為が無効であるとの主張は、第三取得者たる原告に対しそのまま対抗できるものとし(物的抗弁)、原告が債務者たる被告保証協会を害することを知つて本件手形を取得したとの点について何ら主張をしないし、またその点を認めさせる証拠もない(すなわち、本件手形保証行為の相手方は、その手形の外観上一見して川久保次郎であると認められ、そうして、甲第一号証の一の裏面、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すると、原告は川久保がさきに述べた「銀行その他の金融機関」でないことを知つていたものと認められる。しかし、本件手形保証行為が被告保証協会の目的範囲外であるとの結論は、以上の各事実を前提にし、それに信用保証協会法、神奈川県信用保証協会定款、神奈川県信用保証協会業務方法書等を解釈適用して得られた帰結であり、それはあくまで或程度の専門的な法律的識見と右業務方法書を調査して得られた知識とを必要とする法的判断内容であつて、何人もが当然知つているべきであり、それゆえに知つているものとみなされるべき単純な生活行為規範内容ではない。原告が、取得当時本件手形保証行為が被告保証協会の目的範囲外であるとの事実ならびに原告の前者である物部基が同被告のこの点についての抗弁事実について悪意であるとの事実を知つていたものと認めさせる証拠はない。)。してみると、被告保証協会の右抗弁は、結局理由がなく採用のかぎりでない。

二  強迫による手形保証行為取消しの抗弁

まず昭和三七年八月一七日被告原田に対し、被告保証協会が主張するような強迫行為が、訴外相原一太、同人の妻および川久保次郎によつて加えられたかどうかについてみるに、この点を認めるに足りる証拠はない。もつとも、被告原田本人はこの点に関し、被告保証協会の主張に一部副う供述をしているけれども(第一回)、この供述部分は全くは信用できないのみならず、かえつて、証人相原一太、および同川久保次郎の各証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、被告原田を畏怖させるに足りる強迫行為はなかつたものと認められるのである。ほかにこの認定を左右する証拠はない。してみると、被告保証協会の右抗弁は、その余の点について考えるまでもなく理由がないので採用のかぎりでない。

第三結論

前記第一に認定された各事実によれば、被告らは各自原告に対し、本件約束手形金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対するその満期後である昭和三七年九月一七日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息金を支払う義務があるものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 逢坂修造)

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